いつもは500円の定食で済ませている夕食。
しかし、今日は950円のステーキしかなかったからステーキにした。
いつもより450円も高くて贅沢をしているから、いつもの夕食より幸せにだろうと思いながらステーキの列に並んでいた。
お腹も空いていた。ステーキが楽しみだった。
しかし、食べてみるとそこまで幸せを感じなかった。
なんで、ステーキで幸せを感じなかったのだろう。
950円のステーキより,500円の定食の方が幸せを感じたのは,なんで?
ステーキで幸せを感じなかった理由は、なんで450円も高いのだろうという疑問を持ちながら食事をしたからかもしれない。
いつもは500円という決まった値段で食事をしている。
しかし、ステーキはいつもより450円も高いから高い理由を知りたいし、450円分幸せになるのだろうか?などと考えていた。
そう考えた瞬間、ステーキは私の楽しみから観察対象に変化してしまった。
観察対象になるとそこにあるステーキに集中するのではなく、450円という価値に思考が移ってしまう。
だから、幸せを感じなかったのだろう。
目の前にある享受できたはずの幸せ。
その対象をどんな視点で見るかによって、感じ方が変わるのは不思議であり、面白い。