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「可愛い子ぶっている人を見ていられない」のはなんで?

なんでのタネ

今日,可愛い子ぶっているように見える人とエレベータが同じだった.

エレベータを出た瞬間,どっと疲れた気がした.

何で疲れを感じたのだろうと考えていると,見ていられないからだと考えた。

でも、ふと思った.

「可愛い子ぶっている人を見ていられない」のはなんで?

見ていられない理由は、可愛い子ぶっている人は,殻をかぶっているように見えることが丸わかりだからだと思う。

しかし、殻をかぶっているように見えるとなぜ自分が疲れるのだろう?

殻を被っていると,相手の本心や考えていることがわからず,気を遣ってしまうからだと思った。

だから,同じ空間にいると無意識に気を遣って、疲れたような感覚になったのだと思う.

しかし、それだけではないような気がした。

自分の奥底に感じた違和感を深ぼっていくとあることに気づいた。

自分も殻を被っているから,可愛い子ぶっている人を見ると,自分のことを見ているような気がして見ていられなくなるのではないかと思った。

周りから見ると、自分もこんな感じで殻をかぶっていることが丸わかりなのではないか。

そう考えると恐ろしい。

なら、殻をかぶっていない本来の自分のままでいればいいのでは無いかと思うが、なかなか難しい。

そもそも、本来の自分とはなんだろう?

一人でいる時の自分?

家族といる時の自分?

友達といる時の自分?

本来の自分とはなんだろう?

もしかすると、この記事を書いている時が本来の自分なのかもしれない。

だとすると、本来の私を見たことある人はあまりいないことになる。

一方で、無意識の行動がその人の人間性を表すということもよくある。

無意識の行動が本来の自分であるならば、殻を無意識にかぶっている場合、それが本来の自分なのだろうか。

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